私の親は、毒親だったのか?そうだよ!

black and white stripes fedora hat
にほんブログ村 美容ブログ 40代女磨きへ
にほんブログ村 にほんブログ村 恋愛ブログへ
にほんブログ村
目次

毒親を認めるところから始まる。親に気を使うな。庇うな。

今朝、地震アラート(訓練用)が鳴った。

心構えがなかったので、内心ビクッとなってしまったけれど、訓練とわかって一安心した。

携帯電話を確認しに行くまでの数秒間。

子供の居場所を頭の中で確認して安心する。

咄嗟に真っ先に、頭に思い浮かぶ子供の存在。

親なら当たり前のことだけど、子供のこと大事なんだなぁ、愛してるんだなぁと思った。

愛について考える。

人生の最初に出会う愛。

母。父。

私は姉、弟がいて、真ん中。

両親は仲が良く、

喧嘩している姿は見たこともなく、

お互いの悪口も聞いたことがない。

だけど、私は両親を好きか?と聞かれたら、

うーんと悩んでしまう。。。

学歴のない両親は、自分たちが出来なかった分もと、

子供たちに習い事や勉強をさせてくれた。

私立大学に通わせてもらえたし、

一人暮らしもさせてもらえた。

なのに私は、両親を好きか?

と聞かれたら、うん。。。普通。

と答えてしまう。

母親とは折り合いが悪かった。

甘えた記憶がないし、

抱きしめてもらった記憶がない。

褒めてもらった記憶ない。

幼稚園の頃、

雨の日に、母が迎えにきた。

家に帰って、制服を着替えて、

母と机に座っている記憶がある。

その時に、母はチラシか何かを読んでいた。

私の方を見て欲しいな、笑って欲しいな。甘えたいな。

と思ったけれど、

母は全然こちらを向いてくれなかった。

その時に、ふと、

お母さんは私のことが、嫌いなのかな?

って思ったことを未だに覚えている。

母はただ、座ってチラシの方を見てただけなのに。

母は厳しかった。

父は心配性だった。

それは愛情からくるものだった。

母はあまり愛情表現が上手ではなかった。

・・・私は小学生6年生の時から、思春期が始まり、親と口を聞かなくなってしまった。

母にされたこと。

母に褒めて欲しかった記憶がある。

私は運動神経が良く、活発で、友達が多く、勉強もそこそこでき、先生にも好かれる良い子だったと思う。

だけど、母に褒められた記憶がない。

いつからか母に褒められたくて、

母がいない隙に、掃除や片付け完璧に部屋をピカピカにして、

帰ってきた母に、わぁすごい!ありがとう!と言ってもらう健気な時代があった。

今思い出すと、ゾッとする。

そんな子供がいたら、愛情不足ではないか?とすぐ疑ってしまうけれど、

まさにその通りの子供であったと思う。

母の友人が、数人遊びにきた時、率先してお客様にお茶を出した。

母の友人たちは、素敵なお嬢さんねと言って私を褒めてくれた。

私は鼻が高く、母も喜んでくれるかなと期待した。

だけど、

そこで母は、

何を言ったか。

この子は全然ダメな子なんだよ、と友人に私の欠点を言い始めた。

おそらく、謙遜っていうやつだ。

その時の私の心の傷つきは想像するに耐えない。

母はそんな人だった。

それ以外に私が傷ついた記憶は沢山ある。

母は、誰かを下げて誰かを褒めたりする。

大人になってもそうだった。

今だってそうだ。

それでも子供は親を嫌いになれない。

文句さえ言えなかった。

怒ることもできなかった。

人生や恋愛でつまずく人は、幼少期の親子関係が原因である場合が多い。

親との関係は全ての人間関係の基礎になる。

早い段階で親と口を聞かず、情報を与えず、無表情で家中で過ごし始めた時に、

親はなんでもっと、大問題だと捉えて私を向き合ってくれなかったのだろう。

私はそのまま大人になってしまった。

いくら心理学を勉強して、アダルトチルドレンについて学んでも、

いくら恋愛心理学を勉強しても、

どれだけ男性心理について知識を増やしても、

満たされない。

何も上手くいかない。

恋愛に依存してしまうし、

自分に自信を持てない。

バカらしくなった。           

人生の初めに、親からしてもらう、心の初期設定を間違えられてしまったせいで、

人生がめちゃくちゃ苦しい。

そう思って生きてきた。

文章にして気づいたこと

子供のころ、すごく傷ついたと思っていた思い出は、

私の心の中でずっとずっと手放さず、

何度も何度も反芻して、思い出し、その度苦しみ、ずっと抱きしめてきた。

確かに、配慮のない母の発言、行動だったと思うけれど、

それによって、40年間も苦しみ続ける必要はない。

どうやら、思いは、表に出すと、昇華するようだ。

高校時代、彼のことで大きな大きな悩みを持っていた私は、

死ぬ思いで、友人に傷打ち明けたことがある。

それを話し終わった時、

私自身が思ったことは、「あれ、これだけだっけ。私の悩みって。」

だった。

16歳の時に抱えていた、苦しみは、口に出してみたら、大した悩みではなかった。

友人よりも、私自身がびっくりしたことを思い出す。

観念の住人になってしまうと、

世間とのズレが生じる。

思いは外に表現するといい。

自分の悩みは、案外小さなものだ。

私の親は毒親だったのか?

答えはYesだ。

理想の親ではなかった。

親は子供より。20年ほど、考えが古くて魂が幼い。

と誰かが言っていた。

私が子供を持ってみて、そのことが妙に納得がいく。

私たちは、子供から学ぶ。

私たちは、彼らの成長の邪魔をしなければ、いい。

それが親の仕事だ。

必要をサポートし、味方でいる。いつも励まして肯定する。

それが邪魔をしないということだ。

変に形を変えようとしたり、

色を染めようとしたり、

道に導こうとすることは不要だと思う。

心のままで生きて、そこから湧いてくる希望を一緒に見つめる。

羽ばたいていくのが楽しみだ。

私は私の子供を傷つけていないだろうか?

大人になっても子供の頃欲しかった何かを探し続けることに

人生の大半の時間を費やしてしまうような人間を育ててしまっていないだろうか。

大切な人生の時間を奪ってしまわないようにしたい。

black and white stripes fedora hat

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ご訪問、ありがとうございます☺︎

私は10代の頃から、
ずっと運命の人がいると思って生きて来ました。

夢叶わず、
結婚→子育て→離婚→恋愛を経て、
たくさん悩みました。

そして、
心理学やスピリチュアルなどをたくさんお勉強し、
私の本当の望みが、無償の愛を経験することであると気がつきました。

どんな時も愛でいることを目標に、
日々の気づきや、
高い視点で物事を見るコツ、
インナーチャイルドの癒しなど、
心のハッピーについて書いています。

同じような悩みや思いを持っている方に届きますように愛を込めて。

コメント

コメントする

目次